先日、日本こども虐待医学会に参加しました。普段は認知行動療法(CBT)に関する学会や研修会へ参加することが多いため、虐待を専門に扱う学会で学ぶ内容は新鮮で、多くの気づきがありました。臨床心理士として子どもや家族に関わる機会も多くあります。虐待については「知っているつもり」で終わらせず、専門的に学び続ける必要があると改めて感じました。
虐待は「目を背けたくなる問題」
学会で特に印象に残ったのは、虐待という問題には、本人だけでなく周囲の大人にも「目を背けたい」という心理が働きやすいという話でした。歴史を振り返ると、虐待を疑う場面に出会っても、「親は決してそんなことはしない!」という反応が少なくなかったそうです。当時は、「親が虐待をするはずがない」という社会的な認識が根強くあったようです。
勇気を出して「これは虐待ではないでしょうか」と声を上げても、周囲から理解されず孤立してしまうこともあったようです。医療機関だけでなく、行政などの関係機関でも、十分な対応につながらないこともあった話がされていました。
そうした状況の中でも、「子どものために何とかしたい」という思いを持った医療者や関係者が集まり、その活動が現在の日本こども虐待医学会へと発展していったことを知りました。
「物言えぬ子どもの代弁者」という考え方
学会では、「医療者は物言えぬ子どもの代弁者である」という言葉が何度も語られていました。当時の日本では、虐待診療を標準的に学ぶ仕組みが十分ではありませんでした。そこで日本こども虐待医学会では、医療者が適切に虐待へ対応できるよう、教育システムや研修プログラムの整備を進めてきました。その一つが、医療機関向け虐待対応プログラム「BEAMS」です。こうした取り組みによって、「経験や勘」に頼るのではなく、医学的・客観的な評価に基づいて子どもを守る体制づくりが進められてきました。
子どもの尊厳を守るために必要なこと
学会で心に残った言葉の一つが、「尊厳」についてのお話でした。虐待を受けた子どもは、
- 自分のことが優先されない
- 起きた出来事を認めてもらえない
- 無視される
といった体験を重ねていることがあります。また、子ども自身が「これが虐待だった」と気づいていないことも少なくありません。勇気を出して話しても信じてもらえなかったり、守ってもらえなかった経験をしている子どももいます。そのため、まず大切なのは、子どもに何が起きたのかを医学的・客観的に評価し、事実を適切に認識することです。「あなたに起きたことは確かにあった」と社会や専門家が認識することは、子どもの尊厳を守る第一歩であり、その後の回復にもつながっていきます。
診察は「心と体が大切にされる体験」
虐待診療は、事実を確認するだけの手続きではありません。子どもにとっては、「自分の心や体は大切に扱われるものなんだ」ということを実感できる貴重な機会でもあります。診察や面接そのものが、安心や安全を感じられる体験となるよう、多くの医療者が丁寧に関わっていることが伝わってきました。その積み重ねが、回復への第一歩になるという考え方に深く共感しました。
子どもの回復には、親への支援も欠かせない
虐待が確認されたとしても、それで問題が終わるわけではありません。子どもの回復には長い時間が必要であり、多くの人との関わりが欠かせません。その中でも、親の存在はとても大きな意味を持ちます。もちろん、虐待は決して許されるものではありません。
一方で、「親は子どもを大切に思っていないから虐待する」と単純に考えられるケースばかりでもありません。学会では、小児科医ヘンリー・ケンプ氏の「虐待をする親も子どもを深く愛しているが、あまり上手に愛せていない」という言葉が紹介されていました。親自身も、子どもの頃に十分な愛情を受けられなかったり、暴力や虐待を経験していたり、精神的・身体的な健康上の問題を抱えていたりすることがあります。育児の負担や生活上の困難が重なる中で、適切な方法が分からず、暴力というゆがんだ形で現れてしまう場合もあります。もちろん、それが虐待を正当化する理由にはなりません。しかし、親を罰するだけで子どもの問題がすべて解決するわけでもありません。
子どもを守るためには、親がなぜそのような状況に至ったのかという背景にも目を向け、必要な支援につないでいくことが大切なのだと改めて感じました。
子どもを守るのは一人ではできない
子育ても虐待対応も、一人で抱えられるものではありません。医療だけではなく、
- 福祉
- 行政
- 教育
- 警察
- 保育
- 地域
など、多くの機関が連携しながら子どもを支えていく必要があります。学会では、それぞれの専門職が「すべては子どものために」という共通の目的を持ち、長年にわたって仕組みづくりを進めてきた歴史が紹介されていました。その情熱と努力には、本当に頭が下がる思いでした。
学び続けることが子どもを守ることにつながる
現在では「児童虐待」という言葉は広く知られるようになりました。しかし、ここまで社会的な認知が進むまでには、多くの方々の地道な活動があります。もしそうした取り組みがなければ、今でも
「家庭の問題だから」
「親子の問題だから」
と片づけられ、子どもの声が十分に届かない状況が続いていたかもしれません。今回参加して感じたのは、私自身も虐待について「知っているつもり」だった部分が少なくなかったということです。理解が十分でなければ、支援者であっても子どものSOSを見逃してしまったり、周囲の大人や保護者が「何かおかしい」と感じて相談しても、そのサインを見逃してしまう可能性があります。それは子どもにとって、「大人は誰も助けてくれない」という思いをさらに強めてしまうことにもつながりかねません。虐待については、医療職も含め、子どもに関わるすべての大人が学ぶ価値のあるテーマだと感じました。
おわりに
今回の学会を通して、虐待診療とは単に虐待を見つけることではなく、子どもの尊厳を守り、回復への道筋をつくる営みなのだということを学びました。忙しい日々の中でも、子どもの未来のために情熱を持って仕組みを整え、保護者を支え、多職種と連携しながら支援を続けている医療・福祉・教育・行政の皆さまに、心から敬意を表したいと思います。私自身も、臨床心理士としてトラウマケアや子ども支援についてさらに学びを深め、微力ではありますが、子どもたちとその家族を支えるチームの一員として力を尽くしていきたいと思います。
執筆者
臨床心理士・公認心理師
医療・教育・司法・産業など幅広い領域で、20年以上心理支援に従事。
認知行動療法(CBT)を中心とした心理支援を行っています。
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